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東京高等裁判所 昭和60年(行ス)15号 決定

抗告人(申立人) 坂上勝一 外一一名

相手方(被申立人) 千代田区教育委員会

主文

抗告人らの本件各抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一  抗告人ら代理人は、「原決定を取り消す。相手方が昭和五九年九月一八日付けでした千代田区立佐久間小学校の改築期間中の仮校舎を同区立千桜小学校及び千桜幼稚園の施設内に設置するとの処分の効力は、東京地方裁判所昭和六〇年(行ウ)第三二号仮校舎設置処分取消請求事件の判決確定に至るまでこれを停止する。申立費用は一、二審とも相手方の負担とする。」との決定を求めるものであり、その理由とするところは、別添抗告理由書写し記載のとおりであり、原審における当事者双方の主張又は意見は、原決定摘示のとおりであるから、これを引用する。

二  (当裁判所の判断)

抗告人らは、相手方が昭和五九年九月一八日の定例委員会会議において、千代田区立佐久間小学校(以下「佐久間小」という。)の仮校舎を同区立千桜小学校(以下「千桜小」という。)の施設内に置くという方針を最終確認したことにより、「佐久間小の改築期間中の仮校舎を千桜小及び同区立千桜幼稚園の施設内に設置する。」との相手方による行政処分がされた旨主張するのに対し、相手方は、右同日、臨時会を開催し、佐久間小の改築期間中の仮校舎を千桜小及び同幼稚園に設置する既定方針を確認したが、この確認は、相手方の内部的意思決定であつて、抗告訴訟の対象となる処分ではない旨主張するので、まず、この点を審究する。

1  一件記録によれば、相手方は、昭和五九年九月一八日、同年第七回臨時会を開催したが、同臨時会には、報告事項、議案のほか、協議事項として、「佐久間小改築に関する諸問題について」が付議されたこと、同臨時会は、事務当局から、佐久間小特別委員関連議員懇談会なる会合において区議会議員と関係者とが懇談した状況、地域関係者への配慮、対応のしかたについての反省と今後の方針について説明を受け、質疑を経たうえ、相手方委員長から、「佐久間小の改築中の仮校舎については、既定方針どおり小学校は千桜小、幼稚園は千代田区立淡路小学校とすることを相手方として確認する。」旨の発言があつて、右事項についての協議を終えたこと、なお、相手方においては、同年一〇月三日、事務局次長名をもつて右各関係小学校長に対し、右委員長発言のとおりの方針が確認された旨、通知したこと、以上の各事実が認められ、他に、相手方が昭和五九年九月当時、佐久間小校舎の改築に関連して何らかの決定を下す等、特段の措置を採つた事実についての疎明資料はない。

2  更に、佐久間小校舎改築に関連する一連の経過をみるに、一件記録によれば、佐久間小校舎の改築は、千代田区がかねてから懸案事項とし、計画を立案検討していたものであり、相手方においても、昭和五九年五月二二日開催の同年第一〇回定例会において、その改築期間中の仮校舎問題が討議検討され、佐久間小は千桜小、佐久間幼稚園は千代田区立芳林又は同淡路各小学校の各施設を活用する方針で推進することを確認していたが、前叙のとおり相手方の第七回臨時会が開催された後、千代田区において佐久間小校舎の改築が具体的に推進されることとなり、それに要する調査、設計費、移転費等についての予算が昭和五九年度補正予算として、同校舎解体、建設各工事関係費についての予算が昭和六〇年度予算として、順次、千代田区議会において議決されたこと、相手方は、昭和六〇年三月三〇日、東京都千代田区公有財産管理規則の定めに基づき、佐久間小の校舎、体育館、門、プールにつき、行政財産の用途廃止を決定し、これらを同区総務部長に引き継ぐ措置を採り、千代田区は、昭和五九年度中に佐久間小校舎改築に伴う移転準備を遂げ、昭和六〇年度に入り、その解体、建築工事を開始するに至つたが、右移転準備ないし各工事等は、いずれも区と関係業者との委託契約若しくは請負契約に基づき、業者の手により担当実施されていること、一方、佐久間小校舎の改築に伴い、佐久間小児童の通学場所が一時変更されることについては、かねて学校側からPTA等を通じて説明が行われていたが、昭和六〇年三月一五日ごろ、相手方教育長及び佐久間小校長連名により「佐久間小校舎移転についてのお知らせ」と題する保護者あての同日付け書面が各児童の保護者あて送付されたこと、以上の各事実が認められ、以上の認定を左右するに足りる資料はない。

3  ところで、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条七号によれば、教育委員会は、地方公共団体の権限に属する事務で、校舎その他の施設の整備に関する事項について、これを管理、執行する旨を定めているので、前叙のとおり相手方が昭和五九年九月一八日の臨時会において佐久間小校舎の改築に関連してその仮校舎につき方針を確認した措置(以下「措置」又は「方針確認の措置」という。)は、同条同号に定められている一般的権限に基づくものと解されるが、相手方の採つた右措置が行政事件訴訟法三条二項にいわゆる「処分」(同条項にいう公権力の行使を含む意味の処分。以下「処分」という。)といえるためには、これにより国民の権利義務ないし法律上の利益に対し直接変動を与えるような法律的効果をもたらすものでなければならない。

しかしながら、相手方の採つた右措置により直接に国民の権利義務ないし法律上の利益に何らかの影響を及ぼす法律的効果の発生を肯認し得る根拠法規は何ら存在しない。しかも、叙上認定説示の事実関係にかんがみると、佐久間小校舎の改築が推進される一連の過程においては、あるいは佐久間小校舎等に対する行政財産(地方自治法二三七条三項参照)としての用途の廃止がされ、あるいは児童の通学場所を変更することとする旨の保護者らに対する通知がされるなどしていることは明らかである。

そうすると、相手方が昭和五九年九月一八日の臨時会において前叙のとおりの方針を確認した措置は、相手方が内部的に意思決定をしたにすぎないものであつて、それ自体により直接に関係児童ないしその保護者らの権利義務ないし法律上の利益に何らかの変動を及ぼすものではなく、処分に該当しないものというべきである。

4  抗告人らは、相手方が昭和五九年九月一八日にした決定は、佐久間小仮校舎を千桜小施設内に設置するための千桜小校舎の改装工事、従来の千桜小施設内に二年有余の長期にわたり佐久間小施設をも設置して別個の組織体としての学校運営を行おうとする共存就学措置等を内容とするものである等として、種々の主張を展開しているが、これらをも参酌して一件記録を精査検討するも、叙上認定説示を左右するに足りる資料を見いだすことはできない。

相手方の叙上方針確認の措置が処分であるとする抗告人らの主張は、いずれも理由がなく採用することができない。

なお、抗告人らは、抗告理由中において、本件停止申立ての対象は相手方のした本件仮校舎設置処分の全体である旨の包括的な主張をもしているが、本件執行停止申立ての趣旨、本件抗告の趣旨及び一件記録によれば、相手方が取消訴訟の対象としてその執行の停止を求めているものは相手方の前記措置にほかならないことが明らかであるから、右主張は理由がない。

三  以上の次第で、相手方の右措置を処分であるとしてその取消しを求める本案訴訟の係属を前提とする本件処分の効力停止の申立ては、適法な本案訴訟の提起を前提としないことに帰するから、じ余の点につき判断するまでもなく不適法として却下を免れないものというべきである。

四  よつて、抗告人らの本件申立てを却下した原決定は相当であり、本件各抗告はいずれも理由がないから棄却することとし、抗告費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 後藤静思 奥平守男 橋本和夫)

抗告理由書

一 はじめに

1 本件において、抗告人らの求めている事柄の実質は、千桜(千桜小学校及び千桜幼稚園をいう。以下同じ)の児童及び園児が千桜の施設内で現に享受していた教育条件のもとでの教育を受ける権利を著しく侵害する相手方のなした本件の仮校舎設置処分の排除である。

(一) 佐久間小(佐久間小学校をいう。)の改築に伴う同校の仮校舎を千桜の施設内に設置するという相手方のなした本件処分の内容は、具体的にいえば、本件仮校舎を千桜施設内に設置する旨の相手方の決定、相手方のその決定に基づいて相手方の支配下において実施される千桜の施設の改装工事、今年の新学期から佐久間小改築工事の工期とされている昭和六二年八月末という長期間にわたつて、佐久間小の全教職員と全在学児童を千桜の施設内に移し、この両校を同一施設内で別個の組織体として学校運営を行おうとするものである。

(二) 抗告人らが、本件の取消訴訟で求めている対象は、相手方のなした右(一)で述べた意味での処分の全体である。本件申立の趣旨の項に記載する「昭和五九年九月一八日付でなした」との文言を付加したのは、相手方のなした右の意味での本件処分を特定するためでもあり、かつ、本件の仮校舎を千桜施設内に設置するとの相手方の決定は、いわば相手方の最終処分であつて、同決定に基づく前記の一連の行為は、いずれも相手方の管理、支配下のもとに遂行されるもので、これもまた相手方の本件処分の内容をなすものであることには、かわりはないのである。そして、本件申立において求めている停止の対象もまた右の意味での処分の効力と処分の執行である。ところで、後述するとおり、本件の仮校舎設置の処分については、すでに本年四月六日より千桜施設内において両校の共存就学が実施されているので、本件申立において求めている停止の対象も、具体的にいえば、共存就学措置及び、それに伴う千桜施設の改装工事の続行の停止ということになる。

原決定は、抗告人らが取消、停止を求めている対象は「相手方が昭和五九年九月一八日付でした仮校舎の施設内設置の決定である」としているが、これは抗告人らの主張を正しく理解しない誤解に基づくものであることは明らかである。抗告人らの求めている取消、停止の対象は、単に同決定のみならず、これを含めた前述の内容を有する仮校舎設置処分であり、その実質は、千桜の児童及び園児が現に享受していた教育条件の保障とそのもとでの教育を受ける権利の保障であり、これを著しく侵害する相手方のなした本件処分の排除である。

2 教育を受ける権利が真にその名にふさわしいものとして保障されるためには、教育を受けるにふさわしい教育条件の整備がなされなければならないことは、教育ということがらの性質上多言を要しないところである。それゆえ、教育を受ける権利のなかには、当然のコロラリーとして教育条件整備要求権が含まれており、すくなくとも、千桜における児童及び園児は、千桜施設内において現に享受していた教育条件のもとでの教育を受ける権利をみだりに侵害されない権利を法的に保障されているとみるべきである。

然るに、相手方のなした本件の仮校舎設置処分は、千桜における教育条件及び教育環境を著しく悪化させ、右の抗告人らの児童及び園児の法的に保障された権利を著しく侵害するものであることは明らかである。

(一) 教育を受ける権利には、当然のこととして教育を受けるにふさわしい教育条件の整備を求める権利をそのうちに包含していることは、原審の申立書第三の一で述べたとおり関係法令の規定から明らかである。

憲法二六条、教育基本法三条、四条、学校教育法二二条等が、すべての国民に教育を受ける権利を保障するとともに、これを実効あらしめるために、保護者に対しその保護する子女を小学校等へ就学させることを義務づけ、他方これに対応して、学校教育法二条、二九条、四〇条等により市町村(東京都の区も含む。学校教育法八七条)に対し、小学校等を設置することを義務づけている。ここに、小学校等の設置義務は、単に学校を設置すれば足りるということではなく、関係法令並びにこれからみちびき出せる施設基準その他の教育条件を具備したものでなければならないことは後述するとおりである。

(二) 右の教育条件整備要求権は、本来、より良き教育条件を要求することを目的とし現在より良い教育環境を求めることを目的としているが、この権利の中には、権利の性質上、少なくとも〈1〉現在享受している教育条件をみだりに悪化されない権利及び〈2〉最低の教育条件を享受する権利を包含するものであることは、原審の申立書第三の一で述べたとおりである。

(三) 然るに相手方のなした本件処分は、千桜の施設内に、さらに佐久間小の全教職員及び全児童を収容させて、千桜の児童及び園児に対し、同一施設内での両校の共存就学を法的に義務づけるものである。これにより、千桜における教育条件、教育環境が著しく悪化することについては、原審の申立書第三の二で詳述したとおりである。そして、相手方はすでに本年四月六日より千桜施設内における両校の共存就学を実施に移し、現に遂行されており、原審の申立書で述べた千桜における教育条件の悪化は現実のものとなつている。この結果、抗告人ら並びにその児童及び園児の有する右の教育条件整備要求権、ひいては、児童及び園児の少なくとも従前享受していた教育条件のもとでの教育を受ける権利のみならず右の最低の教育条件を享受する権利すら侵害する事態が現に生じているのである。

3 抗告人らは、これまで、相手方らに対し、本件処分により生ずる教育条件の悪化について、千桜における全児童及び全園児らの少なくとも従前享受していた教育環境のもとでの教育を受ける権利を侵害させてはならないとの観点から、原審での申立書に記載するような教育条件の悪化する事態とかかる措置のとりやめ、他の方法による処理が可能であること等について、誠意をもつて申し入れたが、相手方は、抗告人らの申し入れに対して、これにまじめに答えようとせず、抗告人らの提起する疑問点に対しても、まじめに取り上げようとせず、既定の方針を貫徹することに終始したのである。そこで、抗告人らはやむなく、本件訴を提起し、本申立をなすに至つたものである。

4 然るに、原決定は、本件の仮校舎設置の処分は、後述する理由のもとに、帰するところ、「法は、それが短期間の臨時的なものであることにかんがみ、これを事実上の問題として取り扱い行政処分などのような法律上の問題として取り扱つていないもの」であるとの趣旨で、これを行政処分ではないとして、実体についての判断をなすことなく、本件申立を却下した。

然しながら、この原決定の論理に立脚すれば、教育行政当局は、学校教育において、児童、生徒らが現に享受している教育条件をいかに悪化させる措置をなしたとしても、これに対して法的に行政訴訟をもつて、かかる措置のとりやめを求める道をふさぐことを認めることになる。例えば、一例ではあるが、或る学校における校庭を全面的に廃止する措置が教育委員会においてとられたとした場合についてみるに、これについての教育委員会のなす措置の手順としては、教育委員会における校庭を前面的に廃止する旨の決定があり、例えば同校庭に学校施設とは別個の施設を設置するといった決定がなされ、以後、同決定に基づき、これを実施に移すための措置がとられることとなろう。これによつて、同校に在学する児童らの権利が侵害されることとなることは関係法令の規定から明らかである。原決定の理由書に従えば、かかる措置も行政処分ではなく、これにより法的利益を害されることとなる児童及びその父母らは、かかる措置についても、行政訴訟をもつて争う道をふさがれることとなる。かかる立論が許容できないものであることは明らかである。本件措置についても、これと同様のことがいえるのである。

5 本件処分は、後述するとおり、相手方が行政法理に基づき、公権力の行使として行つたもので、かつ、抗告人ら並びにその児童、園児の有する法によつて保障された前述の意味での権利を現に侵害していることは明らかであるから取消訴訟の対象たる行政処分といえるのである。本件処分が、憲法、教育基本法、学校教育法等の関係法令及びこれから導き出される守られるべき行為規範に反してなされたものであることも後述するとおり明らかなところである。

これを行政処分でないとして、いわば門前払いの形で本件申立を却下することは、憲法によつて保障された「裁判を受ける権利」を実質的に無に帰せしめると同断である。

よつて、以下、原決定が理由として述べるところをまず明らかにし、かかる立論が法律上とうてい許容できない所以について、順次論述することとする。

二 原決定の理由の分析

原決定は、「申立人が行政処分であるとしてその取消しを求め、かつ効力の停止を求める対象は、相手が昭和五九年九月一八日付でした仮校舎の施設内設置の決定(本件決定)であつた。」と認定したうえで以下却下の理由を縷々述べているが、その理由とするところは要するに、

「(一) 本件決定が地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条一号及び七号を根拠として相手方がすることのできるものであるとしても本決定は相手方の機関意思を内部的に決定したものに過ぎないこと、

(二) 本件決定が両校の児童、生徒の法律上の地位に何らかの影響を及ぼすべきことを定めた法令の規定が全く存在しないから行政処分の介在する余地がないこと」

との形式的な理由で本件申立てを却下したものである。

三 原決定の判断について、以下のとおり検討する。

1 まず、本件仮校舎設置処分が、地教行法二三条により、相手方に付与された行政権限に基づきなされた処分に該当するかについて検討する。

(一) 地教行法二三条は、同法第三章教育委員会(以下教委という)及び地方公共団体の長の権限の章に教委の職務権限を定める条文として規定されている。そして、同条は「教育委員会は、当該地方公共団体が処理する教育に関する事務及び法律又はこれに基づく政令によりその権限に属する事務で、次の各号に掲げるものを管理し、及び執行する」と規定している。

右、同条の位置並びに文理から明らかなとおり、同条は、教委の行政権限を規定するものである(昭和三一年六月三〇日付文部事務次官通達、木田宏・教育行政法・新版一六五頁以下、兼子仁・教育法・新版四七七頁以下参照)。

(二) 教育は、本来良好な教育環境下においてのみ、十分に教育的効果が期待できるものであるという性質を有するため、憲法二六条が保障する教育を受ける権利は、教育環境を保障することなくして、これを保障することはできない権利である。すなわち、教育を受ける権利の保障については、教育基本法一〇条二項、学校教育法施行令三条、同施行規則一条、児童憲章六項などが明記しているとおり、教育環境の適正な管理及び教育条件の整備がなによりの重要事項とされているのである。

したがつて、臨時の仮校舎といつても、当該仮校舎において、児童らが教育を受けるものである限り、これをないがしろにしてはならないことは言うまでもないことであつて、仮校舎の設置は、児童らの教育環境を保全し教育行政の適正をはかるために、教委の管理執行下におかれるべきであり、地教行法二三条一号記載の学校その他の教育機関の設置・管理、及び同条七号の校舎その他の施設・設備の整備に関する事項に含まれるものとして、教委の権限に属すると解すべきである。かく解することは、教育により真の民主主義社会の実現を目ざす憲法の本旨並びに教育基本法、学校教育法制定の趣旨に合致するものである。

(三) 特に本件においては、千桜の施設を改装して、その施設内に佐久間小の仮校舎を設置するのであるから、同条七号の校舎その他の施設・設備の整備に関する事項に、本件仮校舎の設置処分が含まれることは、当然であろう。

(四) 仮に、仮校舎の設置が、同条により教委の権限とされないと解し得るとしても、本件のように二年五ケ月という長期に亘り、学校全部が仮校舎を使用する場合には、少なくとも学校の新設ないし移転の場合と同視して、同条一号の設置・管理の権限に含まれると解すべきである。

2 次に、本件処分が、相手方の機関意思を内部的に決定したというに過ぎないものかの点について検討する。

(一) 原決定は、本件処分は相手方の機関意思を内部的に決定したというに過ぎないものと一応認められると判断している。

(二) しかしながら、前述のとおり原決定は、申立人らが求めている取消の対象及び執行停止の対象たる本件処分を、相手方が昭和五九年九月一八日付でなした佐久間小の仮校舎を千桜の施設内に設置するとの決定のみを捉えている点根本的な誤りを犯すものである。申立人らが取消を求め、その執行の停止を求めるのは、右仮校舎の施設内設置の決定のみならず、これに基づく全体としての仮校舎設置処分、つまり、昭和六〇年度の新学期から同六二年度八月末までの間、佐久間小の全職員と全在学児童を千桜の施設内の仮校舎に移し、千桜小及び千桜幼と佐久間小というそれぞれ独立した学校を、別個の独立した組織体としての体制を維持したまま、千桜の狭あいな施設内において共存就学を行うことを内容とする仮校舎設置処分にほかならない。

申立人らが執行の停止を求める本件仮校舎設置処分の内容が、右のとうりであるとすれば、本件処分が、単に相手方の機関意思を内部的に決定したに過ぎないものでないことは、議論の余地のないことであろう。

(三) 仮に、原決定のように本件執行停止の対象を狭く解し、「仮校舎の施設内設置の決定」という決定行為だけであると考えても、次のとおり本件処分は、行政訴訟の対象たる行政処分に該当するものである。

(1) 本件仮校舎の設置の決定は、〈1〉相手方が管理権を有する千桜の施設内に佐久間小の仮校舎を設置するという、施設の設置、管理面としての内容のみならず、〈2〉千桜の児童並びに申立人らの父母に対し、佐久間小の改築期間中同小の児童を千桜の施設内で共存就学を命ずる一方において、〈3〉佐久間小の児童並びにその父母に対しては、右改築期間中の就学場所を千桜の施設内の仮校舎とし、同施設内において千桜の児童、園児と共存就学を命ずるという内容を有する決定である。

(2) 右内容を有する本件決定は、単に相手方の機関意思を決定したというだけでなく、千桜及び佐久間小の児童、園児並びにその父母(保護者)に対する公定力を持った決定にほかならない。なぜならば、学校教育法二二条は、保護者に対しその保護する子女を小学校へ就学させる義務を負わせているため、申立人らが公立小学校においてその子女に教育を受けさせようとするかぎり、相手方が設置義務を負う(地方自治法二条三項五号、学校教育法二、二九、四〇条)小学校の設置内での就学を強制されるのであり、相手方が本件のような仮校舎の設置を決定すれば、当然千桜小及び佐久間小の児童の保護者たる父母らに対し、劣悪な環境下における共存就学が公定力を持つて強制さることになるからである(仙台高等裁判所昭和四六年三月二四日判決、判例時報六二九号五一頁以下参照)。

(3) このように、相手方のなした本件決定は、公定力を有する行政庁の公権力の行使として、行政訴訟の対象となる処分である。

(四) また仮に、右本件決定が、相手方の機関意思を決定したものと解し得るとしても、本件決定は、単に相手方の行政組織内部のみにとどまらず、狭あいな校地しか有せず、特に体育、遊びという場面において、児童、園児に対する良好な教育効果が十分に期待できない現状にあると言える千桜の教育施設内に、千桜よりさらに大規模な学校を併設し、劣悪化した教育環境下における、児童、園児らの共存就学を強制するものにほかならず、右処分によつてもたらされる教育環境の悪化低下は、執行停止の申立書第三記載のとおり、憲法二六条以下の法令が保障する国民の教育を受ける権利並びに教育法一〇条二項が児童、園児及び申立人らその父母に保証する教育条件整備要求件に直接影響を与え、その質的内容を変更させるものであり、本件処分そのものを行政訴訟の対象とさせなければ、当該教育を受ける権利の救済をまつとうすることができないものと認められるから、仮に本件処分が、行政庁の内部的決定であるとしても行政訴訟の対象たる行政処分となると解すべきである(東京地方裁判所判決昭和四六年一一月八日・行集二二巻、一二号一七八五頁)。

3 次に、原決定は、本件処分が千桜及び佐久間両校の児童、園児の法律上の地位になんらの影響をおよぼすものではないと誤つた判断をしているので、この点について検討する。

(一) 確かに、千桜及び佐久間小の児童、園児が仮校舎設置後もそれぞれの小学校及び幼稚園の児童、園児の地位にあることに変更がないという意味において、法律上の地位に変更がないということは、原決定の判断するとおりである。

(二) しかし、本件処分は、右の意味において形式上、法律上の地位の変更がないものの、千桜の児童、園児並びに佐久間小の児童らに対し、前記各法令、規則、基準が保障する教育環境は、劣悪な状態に変更され、右児童、園児及び申立人ら父母に保障される教育を受ける権利は、前記申立書第三に詳細に記述したとおり変更、侵害されるのである。

ちなみに、教育を受ける権利のように、国(地方公共団体を含む)に当該権利の保障のために一定の作為義務を課する権利については形式上法律上の地位に変更がないといえる場合においても国(地方公共団体を含む)が作為義務の内容を変更する処分を行う場合には、享受している権利の内容が変更され、実質的に法律上の地位に変更を生じるのである。原決定は、この点を看過するものである。

(三) 右のとおり、社会権としての教育を受ける権利の本質を看過し形式的な考慮のみにより、原決定が、両校の児童、園児の法律上の地位になんらの影響をおよぼすものではないと判断したことは、法の解釈を誤るものである。

4 さらに原決定は、仮校舎の設置に関しては、これを規律する法規範が存在しない旨誤つた判断をしているので、この点について検討する。

(一) 相手方は、地教行法二条に基づき設置された教育委員会であるが、教委は同法二五条により、同法二三条の事務を管理しこれを執行するに当たつては、法令、条例、その他の規則及び規定に基づかなければならないと定めている。前記のとおり本件仮校舎設置処分は、同法二三条一、七号に基づく権限によりなされた行政処分であるから、同法二五条の定めに従い、仮校舎を設置する場合には、憲法、教育基本法、学校教育法、同法施行令及び同法施行規則その他の法令基準等に基づいて、適正に設置されなければならない。

(二) 学校教育法二九条は、市町村(特別区を含む)は、その地域内にある学齢児童を就学させるに必要な小学校を設置しなければならないと規定し、同法三条は、学校を設置しようとするものは、学校の種類に応じ、監督庁の定める設備、編制その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならないと規定している。

(三) そして、同法施行規則一条は、「学校の位置は、教育上適切な環境にこれを定めなければならない」と規定し、同施行規則一六条は、小学校の設置基準は、その節に規定するもののほか、別にこれを定めると規定しているが、現在に至るも小学校設置基準は、制定されていない。なお、本件の関係では、幼稚園設置基準は制定されている。

中学校設置基準と共に小学校設置基準は、制定に必要かつ十分な時間がすでに経過しているにもかかわらず、まだ未制定であるが、だからといつて、憲法以下の法令が、小学校の設置についてなんらの規制もせず、校地、運動場、校舎その他の面積等教育環境に重大な影響を及ぼす事項について、教委のまつたくの自由裁量を許す趣旨と解することはできない。すなわち、小中学校の設置基準の制定のように、監督官庁が、ことさらこれを制定しないままこれを放置している場合においては、既に制定されている幼稚園設置基準、高等学校設置基準、義務教育諸学校設置費国庫負担法、並びに同法施行令等を類推して、あるべき小学校設置基準をみいだし、教委は、これに従い小学校の適正な設置・管理をおこなわなければならないと解すべきである。

(四) ところで、本件のような仮校舎を設置する場合に、右法令、規則、基準その他の適用ないし類推適用があるかいなかについて検討する。

(1) 前記のとおり教育は、良好な教育環境下においてのみ、十分に教育的効果が発揮できるのであつて、憲法二六条が定める教育を受ける権利の保障は、必要最小限度の良好な教育環境の保障がなされて初めて保障される権利である。児童憲章が「児童は、良い環境の中で育てられ、すべての児童は、就学のみちを確保され、また、十分に整つた教育の施設を用意される」と宣言し、教育基本法一〇条二項が「教育行政は、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならない」と規定し、また学校教育法施行規則一条二項が「学校の位置は、教育上適切な環境にこれを定めなければならない」と定めているのは、いずれも、右教育環境保障の趣旨を明記するものである。

(2) 本件のような仮校舎の設置に当たつても、その仮校舎で教育を受ける期間が著しく短期間であつて教育上悪影響が児童らに及ばないことが明らかである場合を除いては、児童の教育を受ける権利の保障について万全を期そうとする憲法、児童憲章、教育基本法及び学校教育法の諸規定の趣旨から、右法令、規則、基準その他の適用ないし類推適用があると解すべきである。

(3) よつて、仮校舎を設置する場合にも、基本的には右法令、規則、基準に従いこれを設置すべきである。

(五) 加えて、本件において重要なことは、仮校舎が千桜の施設内に設置される場合であるので、佐久間小の仮校舎の設置場所を決定するに当たつては、千桜に保障されている教育環境との関係をさらに検討しなければならないことである。

(1) すなわち、千桜の小学校及び幼稚園には、憲法二六条、教育基本法一〇条二項、学校教育法三条、一七条ないし三二条、七七条ないし八二条、同法施行令、同法施行規則、幼稚園設置基準及び高等学校設置基準、幼稚園設置基準の両基準から条理上類推される小学校設置基準によつて、法律上具体的に保障されている教育環境が存在するのである。そして、この千桜に保障されている教育環境を、侵害するような方法によつて他校の仮校舎を設置することは、許されないものと言わなければならない。

(2) 相手方が、佐久間小の仮校舎の設置場所を決定するに当たつては、千桜に保障されている教育環境を侵害できないという側面からの法律上の規制を当然に受けるのである。つまり、仮に、仮校舎の設置について、小学校の設置に関する前記法令、規則、基準の適用がないとしても、千桜の児童、園児らに法律上保障されている教育環境を保障することの反面として現れる、千桜の教育環境を侵害してはならないという行為規範は、相手方が、仮校舎を設置する場所を決定する際の行為規範として、はたらくものである。

(3) 少なくも本件においては、相手方が右行為規範に違反していることは明らかである。申立人らが、権利の侵害を主張しているのは、右千桜の児童、園児並びにその父母が保障されている教育を受ける権利であり、法律上保障されている教育環境が、相手方のなした仮校舎の設置処分により違法に侵害されたということである。

(六) このように、本件仮校舎の設置については、二重の意味で、行為規範が存在するといえるのであつて、原決定の本件仮校舎を設置することに関し、これを規律する法規範が存在しないとする判断は、法の解釈を誤るものである。よつて、右理由をもつて、本件処分の行政処分性を否定した原決定は取消されるべきである。

5 以上に検討したとおり、原決定が本件処分の行政処分性を否定したことは、法の解釈を誤るものであつて、相手方のなした本件仮校舎設置処分は、取消訴訟の対象たる行政処分性を有する行政処分であると解すべきである。

四 仮に前項の主張が認められないとしても、相手方の為した本件処分は、以下の理由により取消訴訟の対象となる行政処分に該当することは明らかである。

1 処分行為の要件を厳格に解して、取消訴訟の窓口をせばめる伝統的見解に対しては、周知の如く近時重大な反省が加えられている。

すなわち、社会生活の複雑化に伴い、現代の行政は権力的行政以外にも市民の日常生活に重大な影響を及ぼす多様な非権力的行政を行なつているのであり、それらの中には本件処分のように抗告人ら及びその児童の教育環境を一方的に規制して権力的行政に劣らぬ影響を及ぼす場合もある。勿論、これらの問題は本来は適正妥当な行政によつて解決されるべきものであろうが、実際には救済を求めるべく行政に直接働きかけたとしても、行政の冷淡や消極的態度のゆえに実効が挙がらず、残された最後の救済の場を求めて裁判所に出訴するというのが実情であり、本件の抗告人らの場合についてもすでに述べたように正しくそのような経過をたどつているのである。

そして、行政庁の行為に対し市民が最後の救済を求めて出訴した場合にこれを許すか否かは、早に平面的な行訴法の解釈で完結する問題ではなく、かかる行政庁の行為の結果もたらされる市民生活への重大な悪影響や違法状態(それは憲法上保障された基本人権への制約となる場合が多い)に対し司法的抑制を機能させるか否かに直結する問題であり、国民の側からすれば「裁判を受ける権利」を保障する憲法三二条が実質的に保障されるか否かに係る重大問題なのである。

すると、行訴法の規定は、「国民の権利利益の救済制度」(田中二郎「司法権の限界」七七頁)としての取済訴訟の本来の目的、機能にてらし、今日における社会の要請を考慮し、取消訴訟による救済の実を挙げるべく合目的に解釈すべきであり、行政庁の行為が左の要件を満たすときには伝統的な行政処分概念に当らない場合であつても、これを取消訴訟の対象となる行政処分に該当するものと解すべきである。

(一) 行政庁の行為によりもたらされる損害が重大であること。特に、それが憲法上保障された基本的人権に対する侵害を含む場合は勿論である(このような場合は、裁判所が本来第一次的判断権を有すべきである)。

(二) 行政庁の行為が事実行為を含むものであつても、一連の行為が単純な事実行為のみではなく、そこに行政庁による権威的認定・判断が先行し、「公定力」と同視しうる効力が存在していること。

(三) 取消訴訟の出訴を認めても行政に対する不当な干渉とならず、他方出訴が認められないと事実上救済の途が閉ざされ、憲法三二条の裁判を受ける権利が不当に制約されること。

2 以下、右の各要件に関し、本件に即して検討してみる。

(一) 右(一)の要件について。

すでに執行停止申立書で詳細に主張した通りであり、抗告人ら及びその児童が相手方の本件処分により長期間に亘り憲法二六条及び教育基本法一〇条二項等で保障された教育条件整備要求権及びこれまで享受してきた教育条件をみだりに悪化されない権利を侵害されることは明白であり、行政庁の行為による損害の重大性については争うべくもない。

(二) 右(二)の要件について。

相手方の本件処分は、昨年九月一八日付の相手方による「佐久間小の仮校舎を千桜の施設内に設置する」との最終確認及びこれに基づく千桜の施設の各種改装工事並びに佐久間小の改築期間中佐久間小の全職員と全児童を千桜の施設内に移し、同一施設内で別個の組織体として学校運営を行うという一連のいわゆる複合行為である。確かに、これを個々の組成行為に分解すれば事実行為にすぎないものも存することは否定できないが、これら一連の行為は決して個々別々の行為ではなく、三で述べたように、相手方が地教行法二三条一号、七号に基づいて為した「仮校舎の設置」という一つの行政目的を達成するための一体的行為として把握すべきものである。

さらに、相手方の本件処分には本件仮校舎設置に係る教育行政として一応妥当と評価される外観が付与されているのであつて、相手方による第一次的かつ権威的な認定・判断が存在していることは言うまでもなく、その合法・違法や当否の問題を訴訟外で争う途は閉ざされており、その結果本件処分は公定力と同視しうる効力を以つて抗告人ら及びその児童に対し事実上強制されているのである。

よつて、本件処分が右(二)の要件を満たすことも明らかである。

(三) 右(三)の要件について。

2で述べた通り相手方の本件処分には、相手方による第一次的かつ権威的な認定・判断が先行しているのであり、本件出訴を認めても、もはや行政過程に対する不当な干渉となることは全く考えられない。一方、本件出訴が認められない場合には、本件の特殊性すなわち、事案の性質上対等当事者を律する一般私法や民事訴訟に本来なじみずらいこと、事後的な金銭賠償によるのでは救済の実を挙げえないこと、民事上の仮処分や差止請求にもなじみずらいことなどを考慮すれば、抗告人らが訴訟の方法で相手方の本件処分について争う途は事実上閉ざされることとなり、抗告人らの裁判を受ける権利(憲法三二条)が奪われる結果となることは明らかである。

3 以上検討したように、相手方の本件処分を取消訴訟の対象となる行政処分と目すべきことは明白であり、かく解することこそ、行訴法に課せられた現代的課題を全うし、憲法が要請する裁判所による「法の支配」を実現する所以であると言うべきである。

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